最寄り駅への途中

この大きなクスノキに出会える。

道すがら「おっはよー。」と声をかけるのが習慣。

返事は心の中でわたしが勝手に。

(一人二役)

 

 

 

 

10年以上前に友人からいただいたジャックと豆の木が家にいる。

我が家に来たばかりのころは50センチ程のちび木だったのに

今や私の身長を抜き、天井に届いている。

天井に届いているのでどうしようかとも思ったけれど

成長速度を自ら抑え、少し斜めになってくれた。

この子なりの考えなんだと思う。

『ジャック』と名付け、ことあるごとに話かけている。

(会話は一人二役・・・)

 

 

 

 

前に住んでいたアパートで

洗濯ものを2階から落としてしまったことがある。

外の、1階の室外機の上に落ちており、

広いあげたら

なんと、

ひっからびた、何かの木がついてきた。笑

なんだ、これは!とびっくりしたが

なんとなくまだ生きている、と感じた。

 

家にある植木鉢にそこら辺の土を入れ、

(いいのかな?だめだよね?ごめんなさい)

水を与えた。

ひっからびてはいたけれど誰かの木だといけないので

寒いけどごめんよ、と言って

みんなが通る通路に

数日、鉢のまま置いておいてみた。(意味不明行動)

 

誰も何もアクションがないので、

いよいよ私がいただくことに決めた。

部屋の中に迎え入れると、

数日間は「静」だったけれど、少しづつ、生気を帯び始め、

ついには折れそうな細枝の先に

小さな小さな数ミリの葉っぱまでつけてくれた。

なんて健気な・・・。

今では、4倍くらいの背丈になって

ワイワイガヤガヤとした葉っぱを沢山まとっている。

ちなみにこの子の名前も『ジャック』になった。笑

 7年位の付き合いだね、ジャック。

(勝手に一人二役)

 

 

わたしは植物と話がしたい。といつも思う。

(植物だけでなく動物とも、あらゆるものともだけど)

一方的な会話ではなくて

この子たちが伝えようとしていることを

感じたい。

 

植物たちにも、もちろんエネルギーがある。

そのことは見てればわかる。

わたしは植物たちのいわんとしている意識を

感じ取りたい。

もしかしたら、ジャックは

天井が当たるから、こうして欲しいんだけどなー。とか、

鉢が小さいってば。とか。

思っているのかもしれない。

今は、わたしがジャックだったらどう思うか、という思慮でしかない。

 

前置きがとんでもなく長くなったが

そんな私なので

エネルギーの会話的な本はたくさん読んでいる。

つい先日読んだ本をそろりと紹介しちゃおう。

 

板野肯三さんの本

『地球人のための超植物入門』

 

この板野氏は植物たちと日常的に当たり前に交流をされている。

山の精霊、森の精霊、花の精霊。

様々な自然霊。

それらとの交流の話を語ってくれていて

精霊たちが当たり前に存在することがなんだかとても嬉しく、

同時にありがとうございます、という感謝の念。

 

交流ができて終わりではなく

この地球に生かされている人間という生命体の意識も

変容していかないといけないこともせつに述べている。

 

わたしに何ができるか。

できることからやっていこう。

 

思えば、随分と長い間、そう思いながら生きてきた。

昨年あたりからやっと小さい行動ができてきた。

 

人間がしっかり自分の本当の声を感じられるようになれば

自ずと、森羅万象のエネルギーも

感じることができるようになるんだろうな。

繋がることができるんだろうな。

よりあったかい地球になるんだろうな。

 

まだ途上だとしても

できることからやってこう。

 

もうひとつ。

意識の交流がたとえできなくても

森羅万象に畏敬の念を持つことはでき、

縁をもった植物を始めとするあれらこれらを愛することはできる。

 

でもやっぱり

ジャックの声がききたいなー。笑